紙の辞書vs電子辞書 論争


高校時代、「紙の辞書が良いか、電子辞書が良いか」という論争が存在した。国語辞典や英和辞典など、高校の勉強では辞書を使うことが多い。そこで昔ながらの分厚くて爽やかなインクの香りがする紙の辞書を使うのか、それとも最新型の軽くて薄い電子辞書を使うのか、どちらが良いのかという論争である。「そんなくだらない論争をしている暇があったら勉強しろ」とも言いたくなるのだが、なんせみんな勉強なんてしたくないのだからくだらない論争も勃発する。


私の通っていた高校では基本的に「生徒の好きにすれば良い」というスタンスをとっていた。ごもっともなスタンスであるが、入学直後に配られた書類には「ま、紙の辞書の方がいいと思うけどね~」というニュアンスの文言が記されていたのである。こうなると厄介だ。権力を持った人間が曖昧な立場をとるときほど面倒なものはない。生徒からしたら「うちは紙の辞書しか認めぇん!! 電子辞書はカス!」と言ってくれた方が悩まずに済んで気持ちが良いのだが、こういう曖昧な立場をとられるとどうすればいいか迷ってしまう。学校が生徒に求める「自律心」は、こういうどうでもいいところで現れがちだ。

 

私も迷ったが、「とりあえず学校の言うことには従っておこう」という自律心に乏しい考えを持っていたため、紙の辞書を買うことにした。入学シーズンの本屋は大量の辞書が軍艦のように平積みされており、そこから学校指定の辞書を黙々と選んだ。この頃は装丁がオシャレな辞書も増えており、角川の「新字源」はイラストレーターの中村佑介氏が描き下ろしたイラストがカバーにあしらわれていた。なかなかシャレオツなもので、こんな辞書を使ったらきっと勉強も楽しくなるんだろうなぁと思っていたが、学校指定の辞書はどれも見た目が地味なものばかりであった。どれもおじいちゃんみたいな装丁。なんとも頭が固そうなのである。しかもそれが分厚くて重いのだからやってられない。「電子辞書の方が良かったかもしれない」の一言がサッと脳内をかすめる。


授業が始まると、自分でも想像していなかったほど頻繁に辞書を使うようになった。新しい語彙をわんこそばのように次々と頭に詰め込んでいく日々のスタートである。辞書を引くスピードは日に日に上がっていたが、それでも電子辞書の速さにはかなわなかった。こっちが薄い紙をチマチマめくっている間に、向こうはキーボードを叩けば一瞬で画面に説明が表示されるのである。文字も大きく、明るい。私は一体何が悲しくて文字が小さくて暗く、しかもおじいちゃんみたいな見た目の本をくしゃくしゃとめくっているのかと疑問になる。ハイテクな電子辞書の方が絶対に良いではないか。学校の言うとおりに紙の辞書を買ったんだから教師も少しくらい応援してくれよと思って教卓を見るのだが、その教師も一緒になって紙の辞書をめくっているのだから救いようが無い。


こうして見ると「紙の辞書が良いか、電子辞書が良いか論争」は電子辞書の圧倒的勝利な気もするが、紙の辞書も独自の強みを持っているようであった。例えば、「記憶の定着力が高い」という点。電子辞書は単語の意味を調べるのにキーボードを叩くだけでいいが、紙の辞書で単語を調べるにはページをめくり、大量の文字の中から目当ての単語を探す必要がある。この時にインクの匂いも嗅ぐ。こうして五感を活用して単語を調べることで、単語の意味が記憶に残りやすくなるというのだ。受験生にとってかなり魅力的なメリットに思える、裏付けとなる研究が存在するかは良く知らない。それに私は紙の辞書を使っていても英単語などはすぐに忘れてしまっていたので、結局は個人の能力に依るところが大きい気がする。


また、私にとっては「直接ラインマーカーを引ける」というのが紙の辞書を使う理由として大きい。一度調べた単語に印をつければ、次にもう一回その単語を調べたときに「あぁ、前も調べたんだな」と伏線回収のようなしみじみとした思いに駆られる。それによって、単語を覚えやすくなる。……気がする。


もちろん、電子辞書のメリットも沢山ある。まず薄くて軽い。ほとんどが折りたたみ式で、畳むと小さな手帳サイズになる。正直、これだけで先ほど挙げた紙の辞書のメリットなどどうでも良くなる。電車の中で気軽に使えるのも大きい。紙の辞書なんていちいち持ち運んでたら腰がお釈迦になるから、学校のロッカーに置いておくしかない。せっかく買った辞書を学校でしか使えないなんて、明らかに「損」な状況である。


また、電子辞書は辞書以外のコンテンツが豊富である。それも大きすぎる魅力だ。百科事典や名作文学、単語帳や図鑑など、読んだら頭が良くなりそうな本がこれでもかとぶち込まれている。ここまでいくともはや下品なのではないかと心配になるほどだ。同級生の中には、電子辞書に入っていた英会話のアニメを授業中に全話視聴した者もいた。「スマホでゲーム」ではなく「電子辞書でアニメ」になってしまうあたり、受験のストレスに苛まれているが故の歪みと言えよう。


色々と文句は言いつつ、高校3年間は紙の辞書を使い続けた。私は本を読むときも電子書籍ではなく紙派なので、やはり自分には紙が合っているのだと思う。大学に入学して一人暮らしを始めても、なんの疑問も持たずに紙の辞書をアパートに運んだ。しかし大学には個人のロッカーなどはなく、辞書を使う授業があれば毎回持ち運ばなければいけない。「やっぱり電子辞書がいいや」と高校卒業後になって気づき、今では調べ物は全てスマホで済ませている。

 

 

 

終わりです。読んでくださりありがとうございました。

  

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