SDGsの香り #11「住み続けられるまちづくりを」中編


前編はこちら!

 


 

 靴底がすり切れて無くなってしまったかと思うほど足裏が痛い。入学したときから履き続けているスニーカーには愛着こそあるが、愛着は坂道を上る動きをアシストしてはくれない。私は生まれて初めて登山靴が欲しいと思った。


 先ほど入堵駅で「……ははは」と空笑いをキメた私は、駅から出たところにある道路を100パーセントの勘で右に進んだ。グループLINEに凛があげていたGoogleマップの地図を前もって確認していなかった自分を恨んだが、それでも根拠ゼロの2択を選ぶことに抵抗が少なかったのは、私がマーク模試で毎回似たようなことをしているからかもしれない。ギリギリまで悩んで決めた2択より、適当に塗り絵感覚で決めた2択の方が当たっている気がするのってどうしてなんだろう。


 背の高い杉林の前にギュウギュウに田んぼが詰まった風景を見ながら、しばらく人気のない道路を歩いた。いくら進んでも永々亭はおろか園子と凛の姿も見えず、等間隔で置かれている色あせた選挙ポスターと顔を合わせるだけの道路だった。


「しらっぱげた自分の笑顔をいつまでも道路に飾ることが出来るなんて、政治家ってなかなか面白い職業だなー……」


とぼんやり考えているうちに道路は山の中へと入っていき、どこまでも続く上り坂に辟易とした結果、スニーカーに八つ当たりした現在に至る。


 登山靴が欲しい。それかセグウェイ。


 9月に入ったとて日照りは強い。「若さ」だけで坂を上っている私の首元には汗が噴き出し、さっき自販機で買ったウーロン茶のキャップをまた開けた。これが最後のひと飲み。冷たい液体をいくら飲んでも私の身体は冷やされず、代わりに冷やされるのは頭だけといったところ。「私は、知らない土地で迷子になっている」という考えが頭に浮かぶ頻度が増していく。


 細い道路の両脇にびっしりと伸びた杉林。木々の奥はうっそうと茂っており、向こう側に何があるのか検討もつかない。孤独感はいよいよ増していき、私は1人でなにをやっているんだろうという気分が押し寄せてくる。


 悪いのはこの重いリュックサックだ。教科書、ノート、プリント、参考書、参考書(解答編)、その他諸々の印刷物が詰まったこのリュックの重みは、高校生が対峙する人生の重みだ。この重みを感じながら歩く道って、どんな道でもどんよりとして見える。どんよりというか、なんというか。どこにも抜け道の無い完璧な「現実」感に、私は堪えられなくなる。だからいっつも帰り道は芸人のラジオを聞いているのだが、今日はそれすら出来ない。


 高校生活に色めきなんて無くて、あるのは延々積み重なる「教育」の享受だけ。勉強して、何となく新聞部に入って、芸人がYouTubeにあげているネタ動画を見る。映画で見たような彩度ある「青春」とはほど遠い。


 この薄暗い上り坂は、私の人生の道だ。いや、永々亭があればそれでいいんだけど。


 脚が急に楽になった。どうやら一旦上りきったらしく、あとは急な下り坂がうねうねと続いていた。少しだけ気分が軽くなる。ぽんっとボールが跳ね上がるような。その理由はすぐ分かった左手の杉林に木漏れ日が差しているからだ。太陽の位置が下がりずっと薄暗かったこの道に、初めて光が差している。

 光線を伝って視線を右に向けると、杉林が薄くなって向こうの景色が見えた。


「えっ」


 海だった。沈む準備を始めた太陽の光を水面でキラキラ反射させて、私の瞳まで届かせていた。


 でも、そんなはずが無かった。だってこの町は、つい先ほどまで田んぼと山が広がっていたのだ。そもそもここは内陸。海なんて電車で2時間ほど揺られないと見れないはずだ。


 波の音が聞こえる。波が勢いよく岩肌に当たって、バタ足に似た音が鳴っていた。


 ぶは、と息を吐く。思わず呼吸を忘れていた。静かな海辺の夕方に、私の呼吸音が追加される。


 こんなところに海なんてあるはずが無い。しばらく考えて、これは海ではなく「湖」なんだと気づいた。ちゃんと山に囲まれている。こんな単純なことに気づくのに数分ほどの時間を要した自分が恥ずかしいが、それでもこの湖は海に見えるのだ。


 だって、カモメが飛んでる。


 走って坂道を下りる。ぐねぐねした道のカーブを曲がるほどに木漏れ日は大きくなって、いよいよ山を抜けた。橙色を帯びた光を全身に浴びた私は、目の前に広がる美しい風景を写真におさめようとしてスマホを取り出した。


「あぁそっか」


 ずいぶんと前に充電が切れている事実を忘れてしまうほど、その町は私の心を奪ったのだ。


 浜辺に沿って道路が伸びていた。防波堤もそれに続いていた。より近くなった波の音は夕焼け空のどこまでも先まで届いているように感じたし、西日を反射した水しぶきはまるで水晶の欠片みたいだった。

 まるで作られたかのような風景を見て、私はぼーっと立ち尽くした。そうだ、海に触れてみたい。私は砂浜に向かって歩き出した。リュックの重さはもう感じない。

 

(後編へ続く!)


後編①はこちら!

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