逃げてドラ猫 #7「異世界に行く方法」

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 せわしない日々を過ごし、疲れの溜まる毎日を過ごしていると、つい異世界にでも行きたくなってしまうというのが人間のサガでございます。「ハリーポッター」のように、駅のホームにある柱に飛びこんだら別の世界に行けないものか……。もしくは「マジックツリーハウス」のように、森の中のツリーハウスで本を開いて、その本の世界に行ってしまえないものか……。

 

 そんな妄想を膨らませてはみるのですが、恐ろしいスピードで過ぎ去っていく日々の中で、そんな妄想はあえなく撃沈。黒い煙を出して、現実の海に沈没していきます。駅のホームには汚い壁と自販機しかないし、森の中にはツリーハウスなどなく、代わりに危険な虫がいっぱいいる。異世界に行くなんて妄想、所詮は馬鹿馬鹿しい白昼夢なのです。

 

 しかし、それでも人類は「異世界」を諦めません。その証拠として、インターネット上には様々な「異世界に行く方法」が存在します。異世界が存在すると信じて疑わない勇敢な方々が、FBIに存在を消される危険に晒されるにも関わらず、ネット上に情報を書き込んでくれたのです。本当に感謝しています。ありがとう。一歩間違えれば「厨二病の人」とご近所で揶揄されかねない彼らの人生に幸あれ。

 

 それでは、例をみてみましょうか。まず一つは、有名な「五芒星と『飽きた』」の方法です。

 

①5cm×5cmの白い紙を用意する。
②その紙に、黒いペンで大きく五芒星を描く。
③その五芒星の真ん中に、赤いペンで「飽きた」と書く。
④その紙を枕の下に敷いて、眠りにつく。
⑤次の日目を覚ましてその紙が無くなっていたらそこは異世界。

 

 以上が、「五芒星と『飽きた』」の方法です。諸説ありますが、私が参考にしたサイトではこのような手順になっていました。

 

 さて、どうでしょうか? なんだか、妙に真実味を帯びている気がしますね。五芒星っていうのが既にそれっぽいし。異世界と聞くと、確かにハートや星じゃなくて五芒星な気がしますね。そして、「飽きた」というシンプルながら破壊力のある一言。これは、この世界に飽きてしまったということでよろしいのでしょうか……。世界そのものに飽きるなんて、相当な事態ですよ。小学生の頃から飽きずにマインクラフトをしている私のような人間がいる一方で、世界そのものに飽きてしまう人間もいるなんて。達観してますね。

 

 お次は、「電車」の方法です。これも、ヤケにリアリティがあります。

 

①秋葉原駅に行き、東京メトロ日比谷線に乗り茅場町駅で降りる。
②ホームを八丁堀方面へ向かって歩くと、鉄格子の中に盛り塩がある。
③それを崩す。
④東西線に乗り、高田馬場駅で降りる。
⑤ホーム内を西武新宿線乗り換え方面へ向かって歩く。
⑥また盛り塩があるため、崩す。
⑦茅場町駅に戻り、電車を降りる。
⑧改札を出て、「4a出口」階段の下に10粒の米を置く。
⑨再び茅場町駅から電車に乗り、築地駅で降りる。

⑩ホームを築地本願寺に向かって歩き、盛り塩を見つけたらまた崩す。
⑪日比谷線に乗ると、異世界に運んでくれる。

 

 あぁ、これは異世界に行けそうだ。混沌とした都市の中、バグのように現れた異世界への扉。それはまさしくこの世の処理落ち。世界は容量を使いすぎた。電車移動をコマンドのようにして、淡々と異世界へ近づいていく過程がなんとも魅惑的。道具が塩と米っていうのも、急に日本らしくて良い。おそらくは、都市化が進む以前、狭い道に木造の民家が並んでいた遠い昔の時代にあった神隠しの伝説が、現代の発展した文明の中に捻れて表出してしまったのでしょう。不気味で好きですが、異世界に行くまでに最低でも780円の電車賃を要することを考えると、すこし実行しにくい方法ではあります。

 

 ここまで2つの例をみてきましたが、ここであることに気がつきます。それは、これらの方法には何となく「疲れ」の感情がみえるということです。

 

 最初の「五芒星と『飽きた』」の方法に関してですが、日々を生活して「飽きた」という感想が出てきてしまうなんて、そうとう日常生活に疲弊してしまっていると思われます。「毎日に疲れてしまった」という文言はしばらく休んだ方がいい人が発する言葉としてよく出てきますが、「飽きた」はそれより一歩先に行ってしまっている感覚があります。疲れた、という感情を拾い上げる余裕すらなく、ただ空虚な退屈さが残っている状態。たった3文字の「飽きた」の裏には様々な感情が見え隠れしています。

 

 また、お次の「電車」の方法だってそうです。こんなの、「このまま降りずにどこか知らない町まで行ってしまいたい」ということではありませんか。絶対にそうですよ。電車という無機物が持つ微かな暖かさに依存して、現実世界から消失することを望む疲弊したサラリーマンが浮かんできます。盛り塩を崩すのだって、「おらぁ! もうどうにでもなりやがれ!」ということでしょう。ストレスをぶつける先がたまたま盛り塩だったばかりに、この人は日比谷線で異世界に行ってしまったのです。

 

 これで、よく分かりました。異世界とは、現実世界に疲れた人たちが持つ最後の希望なのです。異世界に行く方法を発見する人たちの中にオカルト好き100%のムー系人間はあまりいなくて、むしろ疲れ切った、現実の世界で地に足着けてもみくちゃにされている人が多いのです。「異世界に行きたい」のではなく、「現実世界にいたくない」の方が大きいのです。

 

 これは、すごい事実に気づいてしまったのかもしれません。キラキラと発展した現代社会の奥底で、下水のように流れている人間の負のエネルギーを垣間見てしまった感覚であります。私たちは知らないうちに異世界を求め、現実世界から逃げようとしているのです。もっと自覚的に、この事実を認めようじゃありませんか。

 

 疲れが異世界を開く扉だとすると、もっと他にも「異世界に行く方法」が編み出されそうな気がします。「こんな時、異世界に行ってしまいたい」というようなシチュエーションは沢山あるはずです。試しにいくつか考えてみましょうか。

 

 例えば「洗い物」の方法なんてどうですか。

 

①シンクに3日分の食器を溜める。
②部屋中の電気を消し、テレビをつける。
③懐中電灯で照らしながら、シンクに食器用洗剤をまんべんなくかける。
④懐中電灯を消す。
⑤「ロセウ、ノモイラア」と3回唱える。
⑥テレビの音量が勝手に小さくなっていくので、音が完全に消えたタイミングで懐中電灯をつける。

⑦食器が全て消え、テレビが文字化けしていたらそこは異世界。

 

 我ながらいいですねぇ。洗い物が溜まっているときって気分は全然晴れないし洗うのも腰が重いしで、一方的に疲れが溜まっていきますからね。こっちは生きるために仕方なくご飯を食べているのに、食器の後始末までやらなきゃいけないとは何事だっ。時給が発生しない限り洗い物なんて一切しないぞっ。……そんな抵抗を見せてみても、シンクの食器は減りません。この鬱憤を、嫌悪を、異世界に優しく包んで欲しいのです。

 

 あとは、「ゴミ袋」の方法なんてどうですか。

 

①限界までゴミを詰め込んだ特大サイズのゴミ袋を二つ用意する。
②マジックペンで、一方に人の顔を、もう一方に猫の顔を大きく描く。
③部屋を暗くし、2つのゴミ袋に挟まれるようにして、布団の上で体育座りをする。(このとき必ず、自分の左側に猫のゴミ袋、右側に人のゴミ袋を置く)
④「しりとり」と言う。
⑤人のゴミ袋が、「りんご」と返す。
⑥猫のゴミ袋が、「後藤真希」と返す。
⑦「キンカンのど飴」と言う。
⑧人のゴミ袋が「めんどくせ」と返す。
⑨猫のゴミ袋が「セーラーマーキュリー」と返す。

⑩「これは『り』? 『い』?」と言う。
⑪二つのゴミ袋が爆発する。
⑫窓の外が夕焼け空だったら、そこは異世界。

 

 いやあ、いいですねぇ。ゴミ出しって本当にめんどくさいんですよね。回収時間までに起きれないんですよ。かといって放っておくと、部屋はクサくなる一方だし……。こっちは一生懸命生きているだけなのに、勝手にゴミが溜まっていくんですよ。これって大分悲しくないですか。自分の存在価値のようなものを考え直してしまいます。

 
 でも、そんなゴミ袋にかわいい顔を描いて一緒にしりとりをしたら異世界に行けてしまうんですよ。あぁ、なんとも癒やされる。

 

 どうでしょうか。予想したとおり、「疲れ」と「異世界」は親和性が高いというか、合いますね。なーんか疲れちゃうもの、疲れてしまう場所、時間。そういったものには、異世界に繋がる扉が隠されているかもしれません。皆さんも探してみてください。レポートお待ちしております。

 

 それでは、今週はこの辺で。私は今から食器を洗い、ゴミを出します。 

 

  



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