昔、姉が観ていたアニメで印象的なシーンがありました。
それは「メカクシティアクターズ」という、2014年に放送されていたTVアニメのワンシーンです。……その前に、2014年って9年も前なんですか。月日が経つの速すぎる。もっと他に考えなきゃいけない事がありそうな気がしますが(例:将来の事)、一旦目を逸らして「メカクシティアクターズ」の事を考えましょう。あぁ、これが現実逃避エッセイで良かった。
印象的なシーンというのは、主人公のシンタローが自室でパソコンを操作していたシーンです。彼の部屋は相当広く、壁面に巨大な窓があり、そこから入道雲が見えます。これまた広い青空で、ビルのような建物は一切見えません。「カッコイイ部屋だなぁ」と思って見ていると、シンタローが外に出かけようとして席を立ち、パソコンの電源を落とすんです。
するとさっきまで青空が見えていた窓がプツンと暗くなり、真っ暗に。部屋も薄暗くなったのに、シンタローは何も反応しません。
そう、窓だと思っていたのは実は巨大なディスプレイだったのです。青空の映像を流し、窓を擬似的に再現していたのです。これには私、拍子抜けをしまして。壁全体をディスプレイにしてしまうという未来っぽさとシンタローの気怠そうなテンションが相まって、「カッコイイ!」と心奪われたのです。あまりに心奪われたので、そこから先のストーリーは全く覚えていません。その窓のシーンだけが強く印象に残り、9年間忘れることが出来ずに今に至ります。
当時は「未来っぽいなぁ」と考えていましたが、そこから9年たった今は当時からしたら立派な「未来」です。実際、作中で登場したような巨大ディスプレイを作る技術はとっくに完成しています。壁を一面ディスプレイにし空の映像を映して窓を再現することなどお茶の子さいさいでしょう。今じゃ有機ELなんて技術がありますからね。解像度の高い美しい画面を作ることもできましょう。
しかし、そこには現実との圧倒的な「差」があるのも事実で、いくら美しい空の映像を流したとて、果たしてそれが「本物の窓」に見えるかどうかはまた別の話です。本物の空はブルーライトなど発しません。窓の外の立体感や物質感は失われます。私達はギラギラした空の映像を「画面に映った空」ではなく「窓に映った空」と捉えることが可能なのでしょうか? 壁面いっぱいに青空を映していたシンタローは、本当にそれを「窓」として受け入れていたのでしょうか? 恐らく、「窓のふりをしたディスプレイ」の域を出ていなかったと思います。
やはり、本物の窓とディスプレイとの間には大きな差があります。言葉では上手く説明できないのですが、なんか違うんだよなぁという感覚って絶対あるはずです。「不気味の谷」なんて現象もありますが、自然物を再現した人工物が人間の五感にピッタリはまるのって難しいんでしょうね。
試しに私も手持ちのiPadに青空の画像を映し出して壁に押し当ててみたのですが、やっぱり窓っぽくないんですよね。この小さな画面から見える雲のサイズ感が、どうしても自分の身体感覚に合わないというか。まぁ現実にはこの壁の向こうには隣人がいますし、「こんなとこに窓なんてあるわけない」って意識にすり込まれているのもデカいんですけど。あとiPadminiだし。「こんな小さい窓を作る大工さんなんていねぇ」と思ってしまいます。
少々道具が悪かった感じもありますが、ディスプレイを自然な窓に見立てることは思っていたよりも難しいようです。
しかし私、思いついてしまったのです。ディスプレイをまるで「本物の窓」のように感じることのできる画期的な方法を。
使うアイテムは、……タイトルでもうお分かりだと思いますが、「曇りガラス」です。普通のガラスとは違い、表面に細かな凹凸が施された曇りガラス。和室の障子などによく利用され、向こうの景色がぼんやりと曇って見える風流なガラスです。私の部屋にも曇りガラスがあり、それはお風呂場のドアにビシッとはめられています。あれっていつか掃除しなきゃいけないのでしょうか。入居してから掃除した覚えがないや……。へへへ……。
曇りガラスをどのように使い、ディスプレイを「窓」に見立てるか。そのとっておきの方法は文章で説明するのが少し難しいので図を使わせていただきます。
それでは、こちらの図をご覧ください。
使い方はいたってシンプルです。ディスプレイと人の間に、曇りガラスを挟むだけ。それだけでディスプレイに映る映像は、一気に窓っぽくなるはずなんです。
どういうことかというと、曇りガラスが持つ効果は「向こう側の景色をぼんやりさせて、景色の抽象度を上げる」ことなんです。つまり、「曇りガラス越しに見てしまえば、本物の風景とディスプレイに映した風景の差がなくなる」に違いないのです!!
図にするとこうなります。……わざわざ図にするまでもない気もしてしまいますが、そんな事を言うのは無粋ってもんでしょ奥さん。
曇りガラスは、現実と非現実の境目を曖昧にしてくれる画期的なアイテムだと確信しています。非現実を何とかして現実に「近づける」というのが従来のアプローチでしたが、今回は「境目を曖昧にする」という全くの別角度からのアプローチなのです。
曇りガラス越しに見れば、ディスプレイの解像度の粗さも気にならなくなります。CGの「CG感」のようなものだって気にならなくなるはずです。有機ELに映し出された初音ミクのCGと曇りガラス越しに見る初音ミクのCGとでは、後者の方が圧倒的に「現実感」があり、「初音ミクがそこにいるという感覚」が得られるはずなのです。これは画期的だ。なるべく早めに特許を申請した方が良い気がしてきた。皆さん、考えたのは私ですからね。盗まないでください。
では、この曇りガラス革命が起こった世界を想像してみてください。
部屋のすみっこにある曇りガラス。秋の青空が映っています。一見すると普通の窓ですが、この曇りガラスの奥にあるのは有機ELディスプレイ。擬似的に再現された窓です。曇りガラスのおかげでギラギラした電気的な明かりが和らぎ、自然光のような穏やかな明かりを部屋にもたらしています。
今からこの部屋で勉強をしたいのですが、どうもシーンとしすぎて落ち着きません。無音の状態ってなんかソワソワして集中できないですよね。ならば窓に雨の映像を流しましょう。
有機ELに映し出された繊細な曇り空と雨粒は、曇りガラス越しに見たらただのぼんやりとした灰色です。しかし、そのおかげでまるで本当に外で雨が降っているような錯覚に陥ります。内蔵されたスピーカーが雨音をサーっと流します。部屋はしっとりとした雰囲気に包まれます。
勉強が一区切りついたら、ちょっくらパーッと気分転換しましょうか。窓に花火の映像を流しましょう。曇りガラス越しに見える花火ほど風流なものはありません。部屋を暗くして、ぼんやりと輝く花火をしばらく眺めましょう。画面に映る花火の光は曇りガラスを通した途端に一気にリアルになります。
大事なのは、「あぁ、向こうで花火があがってるんだろうなぁ」と思い込むこと。間違っても窓を開けたりなんかしてはいけませんよ。全てが電気による捏造だということに気づいてはならないのです。
……そうだ、窓を開けたらディスプレイが真っ暗になるようにしましょう。
以上が、私の考えた曇りガラス革命の世界です。この時点で、色々な応用が利きそうですよね。曇りガラス越しにペットを飼育したり(私はイグアナがいいです)、曇りガラス越しにビデオ通話したり……。
いかがでしょうか、曇りガラス。現実と非現実の境目を曖昧にしてくれる大発明。誰か、開発してください。