逃げてドラ猫 #26「素敵な寝落ちライフ」

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私はよく「寝落ち」をする。

おそらく「寝落ち」の定義とは、何かしらの行為の途中であるにもかかわらず睡魔に耐えきれずに寝てしまうことであり、私はよくそれをする。なんだか体力のない寝坊助のように思われてしまいそうだが、実際に私は体力のない寝坊助なのだろう。

寝落ちと言われると机の上でうつ伏せになったまま寝てしまう姿を想像する方もおられるはずなので、そういった誤解を招かないように私の「寝落ちプロセス」を解説させていただく。あわよくば医者様がこの文章を読んで、私に何かアドバイスをしてくれないかという雑念も込みである。

私がよく寝落ちするのは、「作業の集中力が切れたとき」や「風呂上がり」など。特に最近多いのは「家に帰った後すぐ」である。これらのタイミングはいずれも「とりあえずゆったりと休憩したい」時間であり、のんびり休憩してたらそのまま寝てしまうというわけだ。やはり寝坊助ではないか。

しかし私は、机の上にうつ伏せて寝ることはしない。もしこの状態で寝ていると「仕事が忙しい感」が出ていて周りも労ってくれるのだろうが、私の場合はしっかりベッドの上で寝るのだ。世間は許してくれない。

ワンルームの部屋に住んでいると、一日の多くをベッドの上で過ごすことになる。休憩するとなったらまずベッド。飯を食ったらまずベッド。読書をするのにもベッド。休憩の場所と睡眠の場所が同じなのだ。絶対にトコジラミの侵入は阻止せねばならない。

そして厄介なことに、私は「一旦横にならないと休憩した気になれない」性質の人間なのだ。二足歩行に進化したくせに、何たる体たらくであろう。

ベッドにどぶんと身体を沈めると、緊張の糸が切れてスイッチが完全にオフになる感覚がある。目を瞑ればそれまで感じていた厄介事へのストレスが暗闇の中に隠され、残るのは肌が布団に触れる心地よい感触のみ。もはやベッドは聖域であり、時代が少し違えば御神体として祀られていたのではないかと畏怖の念すら抱く。

最近特にハマっている行為がある。ご飯を散々腹いっぱい食べたあと、「ごちそうさまでした」の勢いそのままにベッドにダイブするのだ。このとき感じる多幸感はもはやアブナイ薬のそれである。おそらく脳内麻薬がドバドバと溢れており、私は世界の真理を悟る。この心地よい感覚に五感の全てを委ねていると、気づいたときには寝落ちしているという訳である。これはもはやトリップだ。

だかこれ、冷静に文字に起こせば「食って寝る」というだけである。なんともダラしない生活をしているではないか私は。ちなみに食べたあとすぐ寝てしまうと、脳に血液が行き渡らなくなり健康に悪いらしい。いったいどうして世の中というのはこうも理不尽なのかしら。私は悲劇の食っちゃ寝ヒロインである。

こういう具合で私はよく寝落ちをするのだが、最近どうも困っていることがある。寝落ちによって、様々な予定をすっぽかしてしまうのだ。

昼間にやろうと思っていた課題が寝落ちで出来なくなることなんてザラにあるし、待ち合わせの時間に遅れることもあった。これは流石にヤバイ。今でこそ「課題で忙しいんだねぇ」と許してもらっているが、これが立て続けに起これば「お前もう寝るなや」と怒られても仕方がない。早急に直さなければいけない。

だがしかし、睡魔というのは実に良く出来た言葉なのである。あの抵抗虚しく睡眠へ導かれる感覚は、自分の内から発生したものだとは到底思えない。「呪いです」と言われたほうが自分の感覚に合っており、まさに魔物。睡魔なのだ。

寝落ちを華麗に防ぐ方法はないものだろうか。出来ることなら、決められた時間に寝て決められた時間に起きるという規則正しい生活を取り戻したい。

実は、この文章を書いている今も寝落ち明けである。部屋に帰ってきてすぐベッドにダイブしたら、気づいたときには寝てしまっていた。うう、体がだるい。

寝落ち明けのポンコツな脳味噌では「寝たら電流が走るベッド」みたいな稚拙なアイデアしか浮かばない。まったく、寝落ちというものは私に何の利益も与えちゃくれない。

とりあえず今出来ることとしては、「ご飯を食べ終わったらベッドに行かずにまず食器を洗う」をスローガンに掲げることである。よし、そうしよう。一旦はそれでいいな。

よーし、区切りがついた。休憩したいな。では、私はまたベッドに横になるとします……。

 

 



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