逃げてドラ猫 #2「観覧車は回る」

逃げてドラ猫のサムネイル画像

もし将来、宇宙人が地球を観光地にした場合、地球のいたるところに「観覧車」が作られるのではないか、と私は予測しています。「それは予測じゃなくて妄想ではないか」と頭の中の冷静な部分が鋭いメスを入れてきますが、ここはあえて胸を張ろうじゃありませんか。所詮、なんて事ない大学生が書いた現実逃避エッセイ。妄想に終始して何が悪い。

 

さあ、声を大にして宣言しましょう。

 

「この地球は観覧車まみれになる!!!」

 

では、私が弾き出したストーリーを聞いてください。

 

遠い星からやってきた宇宙人が、我々の地球を発見するとします。世界中の空に現れた大きなUFO群。鳩が豆鉄砲を食らったような顔でそれらを見つめる我々地球人。彼らにとって、我々はやっと見つけた「宇宙人」ですから、UFOの中では大盛り上がりです。

 

「イタ! ホント ニ イタヨ!」「マヌケナ カオ ダナ」「ウケル」 

 

未知なる生命体との間に確かな温度差を感じ、部活に知らないOBが来たような居心地の悪い雰囲気が地球全体を覆います。まずここは、地球が一丸となって彼らとコミュニケーションを図るべきです。国連本部の一番大きな会議室の一番大きなスクリーンに、彼らの代表が映し出されます。

 

「ワレワレ ハ ウチュウジン ダ」

 

お決まりのセリフが飛び出し、地球人一同は興奮を隠せません。さあ、この星の命運を握る会話のスタートです。

 

「コノ ホシ ハ ナント イウ?」

 

「地球、と呼んでいます」

 

「チキュ?」

 

「ちきゅう、です」

 

「ワカッタ。 オマエタチ ハ 『チキュセイジン』 ト ヨバセテ モラウ」

 

ざわつく国連一同。「チキュ星人になったじゃねえかどうすんだ」と代表者の滑舌を責め立てる声が上がりますが、仕方のないことです。向こうからしたら我々の言葉は「現地の言葉」。彼らなりの発音に変換されるのが運命です。彼らが我々を「オマエタチ」と呼称していることからも、我々を下等な存在と見なしていることが分かります。

 

「あなたたちのことは、どのように呼んだらいいですか」

 

「『ヨシノヤンセイジン』 ト ヨンデモラッテ カマワナイ」

 

ざわつく国連一同。「似たような名前の牛丼屋が日本にある」と、室内に激震が走ります。吉野家がコラボメニューの開発に着手するのも時間の問題ですが、ここで国連の代表が核心に迫る質問を投げかけます。

 

「あなたたちの目的は何ですか」

 

世界各国のトップが固唾を飲んで、スクリーンの向こうのヨシノヤン星人を見つめます。この模様は世界中で同時生配信されていますから、この時ばかりは世界のあらゆるいざこざは中断され、地球(今日からチキュ星)は一瞬静かになります。

 

ヨシノヤン星人が口を開きました。

 

「コノ ホシ ヲ ヨシノヤンセイジン ノ カンコウチ ニ サセテ イタダク」

 

「ヨシノヤン星人の、観光地にですか……?」

 

「ソウダ。 『チキュハイランドパーク』 ダ」

 

ざわつく国連一同。「似たような名前のテーマパークが栃木にある」と、室内に激震が走ります。那須ハイランドパークが意気揚々とコラボグッズを販売するのも時間の問題です。ディ○ニーランドを追い抜く絶好のチャンスが那須にやってくるとは。

 

どこの馬の骨かも分からない宇宙人のために、母なる地球を観光地としてOPENするとは何事だ、そんな怒りが沸々と湧き上がりますが、「ワレワレ ガ シンリャク スル」とUFOから爆撃を受けるよりはマシなのかもしれません。技術力に関していえば、遠い宇宙の彼方から我々を発見したヨシノヤン星人の方が上です。発見される側が侵略される側になるのは歴史の必然。地球丸ごとヨシノヤン星人の植民地となる、という可能性もあったわけです。

 

それを考えると、地球を観光地化するなんて、いくぶん気が楽ではありませんか。日本に外国人観光客が来るように、地球にヨシノヤン星人観光客が来るだけでしょう? 

 

「キミタチ ノ セイカツ ヲ ワレワレ ガ ノゾキミ スル ダケダ」 

 

「キミタチ ニ ナニカ ヲ シイル コト ハ シナイカラ」

 

なあんだ。じゃあ、まあ、侵略に比べたら……。別にいいんじゃないの……。

 

こうして、この地球は観覧車まみれになったのでした。ゴンドラに座っているのはもちろんヨシノヤン星人たち。世界中の都市や田舎、大自然が残る山奥や砂漠、寒冷地帯……。至る所に観覧車が設置され、この地球をくまなく観察します。

 

もちろん日本も例外ではありませんでした。

 

 

例えば、東北あたりの田舎町の、パッとしない寂れた中学校を思い浮かべてみてください。

 

朝、天気予報がまっすぐに的中した青空。鼻をすすりながら下駄箱を開けます。上履きに履き替えて、ひんやりとした校舎の匂いに1日の始まりを実感します。砂が少しだけ散らばった一階の廊下は、お世辞にも綺麗とはいえません。

 

階段を上がるのが辛いのは、背中に教科書とノートを背負っているから。それと、アディダスのエナメルバックにジャージと水筒が入っているから。あと、そもそも、学校の階段が好きじゃないからです。

 

まだ人がまばらの廊下。1週間後に控えたテスト期間は、入道雲のように日々に影を落とします。

 

とりあえず、教科書の章末問題から解き始めようか。そう決意して教室のドアを開けると、大きな窓の向こうに、ピンク色の観覧車があるのです。

 

「カアチャン アノ チキュセイジン ハ ナニヲ ヨンデイルノ?」

 

「アレハネ タンゴチョウ ト イッテネ チキュセイ ノ コトバ ガ タクサン カイテアル ノヨ」

 

「おはよう」

 

窓の外は見ないようにして、手前のクラスメートに焦点を合わせる生活。もう慣れました。 

 

「……おはよう!」

 

だからこうして挨拶を返せるのです。

 

「何かやってる?」

 

「え?」

 

「テスト勉強」

 

「いや、全然」

 

「ははは」

 

運の悪いことに、クラスメートは窓際の席に座っています。彼の後ろには常にゴンドラとヨシノヤン星人が見えるのです。今朝は家族連れです。

 

「ジブン ノ ホシ ノ コトバ モ ホン ヲ ヨマナイ ト ワカラナイノ。 チキュセイジン ハ バカ ダネ」

 

「コラ。 シツレイ イワナイノ」

 

うるさい。

 

「……カーテン閉めようか」

 

「……そだね」

 

クリーム色のカーテンを閉めると、朝の日差しが柔らかくなります。観覧車も見えなくなりますが、立派なシルエットは映し出されるので、余計に目立つという始末。

 

「ア! シメヤガッタ!」

 

「英語の範囲広くねぇ? 今回」

 

「アンタ ノ コエ ガ オオキカッタ ノヨ」

 

「でもさ、教科書の文そのまま出るってことはないでしょ?」

 

「オイ! アケロヨ! カネ カエセ!」

 

「まあそうか。でも、小谷先生だからなぁ。丸々全部出されるかもよ」

 

「コラ! キタナイ コトバ ヲ ツカワナイノ」

 

「そんなんもう暗記科目じゃん……。あー、うざい。もうさ、海とか行きたいな」

 

「ソレヨリ サ、」

 

 

「コノ ギュウドン オイシイネ。 カアチャン」

 



タイトルとURLをコピーしました