最低なまま過ぎた日々へ 1



 二次試験前日、私はホテルのベッドで横になっていた。


 福島県からはるばる新幹線に乗って、見知らぬ街の見知らぬホテルに到着した私と母。移動だけでも疲れるが、この移動の目的が「二次試験を受ける」という喜べないものなのだから余計に疲れる。大学の見学を終えてようやく一息つけば、私と母は流れるように真っ白なベッドへ沈み込んだのだった。


 隣のベッドでは母が寝息を立てているが、無論私は緊張していた。私は明日2022年2月25日の為にせこせこと受験勉強の辛苦に耐えてきたのである。高校3年間の努力が全て明日に集約されるのだ。圧力を計算してみたら天文学的な数字になる。


 あまりに緊張状態が続くと心臓が痺れる、というのは受験生になって知った1つの発見だった。不安症な私は共通テスト以前からの数ヶ月間ずっと緊張しっぱなしだったのだが、二次試験前日ともなると「心臓がドクドクする」などという陳腐な表現はもはや私の身体に通用せず、心臓がどこか高い地点(感覚的には喉仏のあたり)につっかえてビリビリ痺れているのだった。その気になれば嘔吐など容易いものだった。


「今、この世界で私が一番緊張している」


 私はそんな催眠状態に陥っていたため、ホテルの四角い窓から見える景色はやけに呑気だった。建物なんて馬鹿みたいに四角形で一辺倒だし、道路を走る車もノロノロと野暮ったい。空の色なんてボケーッとした青空で、地平線のあたりが微かに夕焼け色に染まっている。これまた出来の悪い塗り絵みたいで呑気である。(わざわざ同伴してもらってこんなこと言うのは申し訳ないのだが、)隣で寝ている母の寝息など呑気どころの騒ぎでは無い。私が感じる極度の緊張に、この不抜けた世界は見合ってなさすぎる。


 あまりに呑気なホテルの一室。仕方ない。郷に入っては郷に従え、私は呑気な雰囲気に迎合し、しばらく寝ることにした。身体も疲れてるし、最後の追い込みは夜にやればいいさ……。

 

 


 なーんて、室内全体が呑気になった途端にウクライナで戦争が始まってしまうのだから、日々というのは分からない。

 

 


 2022年2月24日は紛れもなくロシアがウクライナへ侵攻を開始した日付である。全国の受験生の大学入試前日という、何とも心が乱されるタイミングであった。(ちなみに母の誕生日の前日でもあったのだが、言うまでも無くお祝いムードなど皆無であった)

 
 そのニュースは、テレビを点けたら真っ先に飛び込んできた。

 

 
 受験の緊張は一瞬だけ吹き飛んだ。旅行先で自分よりはしゃいでいる友人を見ると逆に冷静になってしまうみたいに、戦争の開始はペーパーテスト前の緊張などいとも簡単に吹っ飛ばしてしまった。

 
 戦争が起こった……?

 
 あまりに浮世離れしている事実をなんとか噛み砕こうとしたが、そんなの平和ボケのまっただ中にいた私に出来る芸当ではなかった。当時もそのことには薄々気づいていた。


 とりあえず、とりあえず。


 私が出した結論は、「明日の受験の事だけを考える」という何ともさっぱりしたものだった。この決断は何も間違っていなかったと今でも思う。この冷静な判断——遠い国で起きた戦争のことは、一旦置いておく——がなかったら、今の大学に合格できたかも怪しい。

 


 ニュース映像の写真は何となく撮影していたが、それでも数枚だけ。将来確実に教科書に残るであろう出来事がリアルタイムで報道されているのを尻目に、私は何の役に立つかイマイチよく分からない積分のパターンを覚え始めた。


 こんな人間、戦争の被害に遭った人に「最低。」と思われてしまうのだろうか。


 先進国の下に小中高と必死こいて勉強してきて様々な知識を学んだあげくの結果が戦争の無視か。最低なまま日々は過ぎていった。あの瞬間からずっと。


 今調べてみたら、昨日未明のキーウへロシア軍によるドローン攻撃があり、幼稚園が燃えたらしい。
 

 

(次回に続きます)

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