逃げてドラ猫 #9「屋上の秘密(前編)」

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 学校の屋上でお弁当を食べたことが、1回だけあります。高校生の時でした。パッとしない学校生活を繰り広げてきた私が持つ、数少ない「ザ・青春」エピソードです。

 


 その日はちょうど雲一つ無い青空でした。窓から見える照った空を見て、「これはこれは(笑)」と弁当を持って友人と一緒に教室を出たのですが、この時の心境は「青空の下でお弁当を食べたい」というよりは「屋上でお弁当を食べる、というアニメみたいな行為をちょっくら体験したい」という感じでした。この時点で青春のルートから少し逸れている気がして悔しいですね。青春を意識した青春なんて、所詮は出来の悪いモノマネ……。

 


 でも、お弁当は美味しかったですよ。やっぱり、外で食べるご飯って格別です。どうしてでしょうねぇ。昔は広い原っぱでマンモスの肉を食していたから、その時の記憶がDNAに染みついているのでしょうか。程よく風が吹いていて、床も思ったより汚くはなくて、そのままあぐらをかきました。あー、たとえ作られた青春でも、こうやって文章に起こすと心にジーンと染みますね。青春は、作れる!

 


 皆さんは、学校の屋上でご飯を食べた経験はありますか?

 


 青春エピソードの代表例として持て囃されるこの行為ですが、実行に移せた人は少ない印象です。よく聞くのが、「屋上が立ち入り禁止だった」パターン。多いですよね。こうなったら無力な生徒は為す術がないわけです。 

 

 私も屋上に入ることが出来たのは高校だけで、小学校と中学校は立ち入り禁止でした。小学校なんて、そもそも屋上があったかどうかすら分からないです。外からパッと見て分かる、分かりやすい屋上は無かった気がします。でっかいベランダのような非常に中途半端なエリアはありましたが、もちろんそこは立ち入り禁止でした。当然ですね。小学生をそんな場所に放ったら、一瞬にして「飛べぇ!」とか言って鳥人間コンテストです。危ない危ない。でも、もしかしたらそのエリアに屋上へ繋がるハシゴ的なものがあったのかもなぁ……。いつの日かこの目で確認しなくては。

 


 中学校も、「屋上」というマップが存在していたかよく分からないです。校舎の頂上に貯水タンクのような大きな箱があったので、人が立ち入ることは出来るはずの設計であったはずですが、生徒にとっては禁足地でした。屋上へ繋がる階段が校舎内にあったわけではなかったので、そこに上るには恐らく外付けの非常階段を使うしかなかったのでしょう。

 

 それに、小学校も中学校もお弁当ではなく給食だったので、別に外で食べようとか思いませんでしたね。教室で食べた方が早いし、ラクだし、青空とかどうでも良かった……。嗚呼、我ら華のZ世代。

 


 高校の屋上だって、屋上、というよりはでっかい渡り廊下のような場所で、棟と棟を連結する建物の上を歩けるというだけでした。

 


 なので、自信を持って「屋上」といえる場所でもなかったんですよ。定義としては「屋上」で合ってるのでしょうが、漫画やアニメに出てくるような広~い屋上ではなかったです。風情は無かった。確実に。

 


 ただ、一つ気になる点があったんです。この屋上、棟と棟を行き来するための場所なのですが、その棟の上にもまた屋上があったのです。もう一段上の屋上があったのです。そこは学校で一番高い場所になりますから、正真正銘の「屋上」です。恐らくそんなに広くはなかったんですけど、青春を生み出すには十分な場所だったはずです。

 


 その屋上に上がるためのハシゴはありましたが、当然「立ち入り禁止」の張り紙がチェーンと共に鎮座していました。ある日、チェーンがぶった切られている!、というような特別イベントもなく、「あー、行きてー」と思いながら3年間を過ごし、まんまと卒業です。結局その「真の屋上」に足を踏み入れる夢は叶いませんでした。

 


 私自身ルールを破るのはあまり得意ではなく、授業中の内職さえもビクビクして出来ないというスズメ程度の肝っ玉しかありませんでしたから、「まぁ、立ち入り禁止ならしょうがないサ……」と納得して日々を送っていましたが、卒業してからこうして振り返ってみるとやっぱり気になります! あのハシゴを上った先には、一体どんな景色が待っていたのかしら!

 


 もしかしたら、それ以降の私の人生観をガラッと変えてしまうような眺めがあったのかもしれないのです。「インドじゃねえんだ馬鹿野郎」と厳しいご指摘が聞こえてきますが、人生観って案外そういうもので変わっちゃうもんです。私はそう信じています。


 例えばですよ。放課後、日が沈みかけた時間帯にこっそりとあのハシゴを昇って、見える景色。地上にいる人からバレないように姿勢を低くとりながら、ドクドクと鳴る心臓を感じながら見る夕焼けの街並みは、どれだけ美しいのでしょう。街全体が深い橙に覆われて、奥の方に駅前のビル群がポッコリと見えるのです。地上からは野球部のかけ声と、体育館で響くボールの音が聞こえてくる。グラウンドを走り回る野球部がすごく小さく見え、彼らの汗の匂いを感じることはできません。思い切って立ってみます。風が強い! 広いくせに窮屈な高校の敷地を見下ろし、眩しい西日を全身で受け止めるのです。

 


 こんな経験をしてしまったら、人生観が変わってしまうのも無理がありません。人生観、とまではいかなくても、自分の中の視野が広がる感覚を覚えるはずです。学校という場所が少しだけ好きになれるのかも……。

 


 まだまだ屋上のロマンは尽きません。先ほどは自分1人で景色を見るっていうシチュエーションでしたが、「立ち入り禁止」の張り紙をくぐり抜けた不届き者が自分だけとは限らないのです。

 


 そう、これまた王道パターン、「屋上に行ったら誰かがいる」というヤツです。ハシゴを昇っていくと、人影があることに気づく。さながら羅生門のようですが、向こうの人は別に死体の髪を集めているわけではありません。ただぼーっと景色を眺めていたり、それか音楽を聴いていたり、おにぎりを食べていたりするわけです。

 


 私はこっそり後ろから近づいて、隣に座ってみるんです。こんな出会い方をしたら、絶対に友達になっちゃうでしょ。友達どころか親友。屋上で1人、という感傷に浸っている状況で会ったもんだから、お互い心のガードが外れていてすぐに打ち解けてしまう。もう、バンドとか組んじゃうレベルで仲良くなっちゃう。良いですねぇ。こんな経験をする人、この世に何人いるんでしょうか。そんな人はきっと、前世でトンでもなく良い行いをしたんでしょうねぇ。

 


 しかしここで悲しまなければいけないのが、私が人見知りであるという事実です。「私はこっそり後ろから近づいて、隣に座ってみるんです」、なんて簡単に言いましたけど、そんなこと絶対に出来ません。人影に気づいた段階で「あっ」と止まって、そそくさとその場から離れます。

 


 人影が1人であるという確証もありません。複数人いたらなおさら逃げます。野球部が普通に素振りとかしてたらどうしよう。

 


「お前ら、やりたい放題かっっ!」

 


と泣き寝入りです。

 


 屋上のロマンは止まりません。例えばハシゴを昇ったら、掃除のされていない屋上の真ん中に、ぽつんとロッカーが佇んでいます。近づくと、「ウォーーン」と音が聞こえることに気づきます。思い切って扉を開けると、中には怪しげな機械が……!

 


 赤い大きなレバーが、じっと私を見つめています。見た目はブレーカーのようですが、もしそうだとしたらどうして屋上にあるのでしょう? こんな、人から隠れるような場所に……。

 


 まあいいや。こんな機械いじったら、明らかに私は罰せられます。退学処分もあり得るかもしれません。さっさと帰ろうとして後ろを振り向いたその時、

 


「カァーーーー!!」

 


 ブチ切れカラスが眼球めがけてまっしぐら。驚いた私は後ろにもたれ、

 


「ガシャンッ!」

 


 ……レバーを下げてしまいました。

 



 

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